マケドニアは [バルカン半島・地域・生活]
ギリシア、ブルガリア、マケドニア共和国の3国にまたがるバルカン半島中央部の地方名。
Macedoniaは英語綴りで、現代ギリシア語ではMakedonia、ブルガリア語ではMakedoniya、マケドニア語ではMakedonija。マケドニアは1913年、第二次バルカン戦争終結後にギリシア、ブルガリア、旧ユーゴスラビアの3国に分割されたが、それ以降、それぞれの国に領有された領域をエーゲ・マケドニア、ピリン・マケドニア、バルダル・マケドニアと称することがある。
マケドニアという名称は、地理的な概念として用いられる場合と、「古代マケドニア王国」や「マケドニア共和国」などのように政治的単位として用いられる場合とがある。
これら両者の示す範囲は、かならずしも一致せず、政治的単位を示す場合でも、「古代マケドニア王国」と現在の「マケドニア共和国」とは、同じマケドニアという呼称を用いてはいても、民族的にも言語的にも異なり、明確に区別して考えるべきである。
地理的な概念としてのマケドニアMacedoniaは、現在のギリシア北部地域、マケドニア共和国、ブルガリア西南部のペートリッチ地方をさす。
その自然の境界はギリシア領内のテルマイコス湾に流れ込むアリアクモン川流域に沿って、マケドニア共和国とアルバニアとの国境をなすオフリド湖やビストラ山脈、同共和国とセルビアとの国境でもあるシャール山脈を経て東に向かい、ブルガリア領内のロドピ山脈からネストス川流域に至る。
なお、このような地理的概念としての「マケドニア」が一般に知られるようになったのは、19世紀にオスマン帝国からバルカン諸国が独立する過程で、セルビア、ギリシア、ブルガリアの3国がこの地域の領有をめぐって相争う事態を招いたことによる。
Macedoniaは英語綴りで、現代ギリシア語ではMakedonia、ブルガリア語ではMakedoniya、マケドニア語ではMakedonija。マケドニアは1913年、第二次バルカン戦争終結後にギリシア、ブルガリア、旧ユーゴスラビアの3国に分割されたが、それ以降、それぞれの国に領有された領域をエーゲ・マケドニア、ピリン・マケドニア、バルダル・マケドニアと称することがある。
マケドニアという名称は、地理的な概念として用いられる場合と、「古代マケドニア王国」や「マケドニア共和国」などのように政治的単位として用いられる場合とがある。
これら両者の示す範囲は、かならずしも一致せず、政治的単位を示す場合でも、「古代マケドニア王国」と現在の「マケドニア共和国」とは、同じマケドニアという呼称を用いてはいても、民族的にも言語的にも異なり、明確に区別して考えるべきである。
地理的な概念としてのマケドニアMacedoniaは、現在のギリシア北部地域、マケドニア共和国、ブルガリア西南部のペートリッチ地方をさす。
その自然の境界はギリシア領内のテルマイコス湾に流れ込むアリアクモン川流域に沿って、マケドニア共和国とアルバニアとの国境をなすオフリド湖やビストラ山脈、同共和国とセルビアとの国境でもあるシャール山脈を経て東に向かい、ブルガリア領内のロドピ山脈からネストス川流域に至る。
なお、このような地理的概念としての「マケドニア」が一般に知られるようになったのは、19世紀にオスマン帝国からバルカン諸国が独立する過程で、セルビア、ギリシア、ブルガリアの3国がこの地域の領有をめぐって相争う事態を招いたことによる。
update:2010年02月26日
